【2016年6月号】 これからのインバウンド 戦略とGS世代向け戦略
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日本の消費をけん引してきたインバウンドとGS世代(ゴールデンシックスティーズ=「黄金の60代」)向けに、元気な企業は次の一手を打って出ている。
そんな企業、3社を紹介しよう。
インバウンドで活況の化粧品業界
日本ならではの対応力で海外戦略を練る
いま日本の化粧品メーカーは、毎月販売先から上がってくるデータにくぎ付けになっている。
「とくに東京都心の百貨店やドラッグストアでの売り上げの急伸にびっくりしています。外国人観光客のまとめ買いです。
一人で数万円単位で買ってゆくというケースもあります」
こう話すのはコーセーの長浜清人常務取締役だ。
東京銀座のマツモトキヨシ。
特に二階の化粧品売り場に上がるとびっくりする。売る方も買う方も日本人はほとんど見当たらない。ここはどこの国かと一瞬わからなくなるくらいの光景だ。
「中でも最も売れているのが、わが社の『雪肌精(せっきせい)』です。国内では30年前から販売しているロングセラーシリーズで、化粧水の価格が5000円くらいです。アジア各国の百貨店でも販売していますが、とくに漢字3文字のネーミングが受けて中国では人気でした。現地の百貨店で買えば6000円前後しますが、これが円安効果もあって日本のドラッグストアでは3500円くらいで手に入るということで、インバウンドのまとめ買いの対象になっています」(長浜さん)
コーセーとセブンイレブンが共同開発・販売している関連商品「雪肌粋(せっきすい)」は価格が安いこともあって、一人で100個単位で買ってゆく人も多く、空港や都心のセブンイレブンでは売り場に並べるそばから商品が消えてゆく状態だという。
コーセーの場合、化粧品の売り上げ構成は日本国内での販売が85%、そして全体の2%は外国人が日本で買うと推定してきたが、これがこの1、2年で倍増したと長浜さんはみる。
「今後国内の日本人市場が大きく拡大するとは考えにくいので、インバウンド需要はありがたいとは思いますが、こちらが主体的に仕掛けるというものではなく、あくまでも現地国で日常的にブランド価値を高める努力をしておくことが、日本旅行の際の購買意欲に反映されると思います」(長浜さん)
コーセーが初めて海外に進出したのは1968年の香港だった。
いまでは25の国と地域に展開している。
早い時期に海外売上比率を全売り上げの~30%程度へ拡大することが当面の目標だ。
「特にアジアでは日本の化粧品は高価格帯ですから、やはり百貨店の店頭で美容部員がカウンセリングをして販売する必要があります。
現地で雇用した美容部員を日本で研修したり、日本人のスタッフが現地を巡回指導するなど『日本のサービス水準』を徹底するように努めています」。
長浜さんは、こう説明する。
東京王子にあるコーセー研究所は、販売する商品およそ3000品目すべてに関与している。
「最近は国内だけでなく輸出やインバウンド需要をにらみ、海外の気候や風土に合わせた研究も増えました」。
日本と比べて極度に高温や低温、あるいは乾燥地帯でどんな化粧品が求められるかなど研究テーマが増えているという。
国によって気候や習慣に差があり、ひと口に化粧品と言っても売れ筋が異なる場合もある。
国により重点商品をきめ細かく変えながらも日本商品の品質とカウンセリング力で国境をまたいでゆく戦略が求められている。
国内市場閉塞の中で、日本市場の成長期待は外国人客。こうした動きはもう後戻りはないとみるべきだ。
爆買いも一段落したアパレル業界
「上質の日本製」でいかに常連客に育てるか
そのインバウンド関連で注目すべき企業がもう一つある。
東京銀座。
行き交う人のかなりの割合が外国人。買い物袋を山ほど抱えている人も少なくない。
高級婦人服メーカー「銀座マギー」はその名のとおり銀座が発祥なだけに、外国人をターゲットにしたインバウンド対策にも先手を打ってきた。
「かなり早い時期から中国人の販売員を雇用し、POPなども中国語を用意してきました。また日本人よりも明るくはっきりした色合いを好むお客様が多いので、それを意識した商品の取り揃えも行っています」
本店長の山野直樹さんはこう話す。
本店の外国人売上比率はすでに2割近いという。
「いわゆる爆買いは一段落した感じはありますが、もう外国人のお客様がいらっしゃるのは当たり前の風景です。上海や香港などの女性エグゼクティブの方が年に何回もご来店されます。人前に出るときに着るスーツなどを何着も買って行かれます」(山野さん)
こうしたお客さんは、もともと生地販売からスタートした「銀座マギー」に、品質を求めてやってくるという。
「メイド イン ジャパンですか、と確認する外国人客が多いです。日本製の品質の良さで買い求める感覚は日本人ともはや変わりません」(山野さん)
「銀座マギー」はエレガントさを求める上質顧客をターゲットにし、女優や国会議員などにも上得意客が多い。
そうしたグレード感を求めて海を越えて顧客が来るということは、日本のアパレル産業の再生にも大きなヒントを示している。
三世代住宅や増改築需要に注目
GS世代が納得感を抱くアプローチが鍵
近年インバウンドと車の両輪で消費をけん引してきた「GS世代※」の消費がここにきて低迷気味だ。
退職記念旅行などの需要が一巡、資産は持っているとはいえ年金支給額は現役当時の収入と比べれば相当減るし、後期高齢者年齢も近づいてきて老人ホームなどに入る備えなども気になれば消費は保守的にならざるを得ない。
だいたい歳を取ればそれほど買いたいものもなくなってくる。
そうした中で消費税の再引き上げを睨んで今一番注目されるのが、三世代が住む住宅取得や増改築需要だ。
「当社の住宅は床下がないんです」
戸建て住宅メーカー「ユニバーサルホーム」の菅野淳夫マーケティング部次長は、いきなりこう切り出した。
実はここに、同社の付加価値戦略が隠されているという。
住宅メーカーのセールスポイントは、いかに他社商品と比べて特徴的か、価格以上のお得感があるかにある。
「これまでの基礎工法と違い、当社では地面と床下の間に砂利を敷き詰めコンクリートで密閉してしまう工法を標準仕様として採用しています。砂利層が振動や騒音を吸収・分散するクッションの役割を果たすうえ、床下浸水もなく、従来のように通気口から湿気が入ったり、シロアリ発生の心配もなくなりました」(菅野さん)
しかし、砂利を敷き詰めるとそれだけコストもかかることにならないか?
「基礎部分を考えると従来工法より2割くらいコストが増えます。また上に建物を建てるためには水平に床面を仕上げる技術力も求められます。しかし地熱床システムは高い評価を受け、商品力は大きく向上しました」(菅野さん)
東日本大震災で津波を受けた地域でも、ユニバーサルホームの住宅が倒壊を免れた事例が多く報告されている。
また近年多発するゲリラ豪雨で床下浸水が各地で報告されているが、密閉して軒下がない住宅ではそうしたリスクは軽減される。
そして「地熱床システム」と呼ぶこの工法のもう一つの特徴は、夏はひんやり、冬は暖かいという井戸水と同様の効果があることだ。
さらにそのうえ、砂利を敷いたあと鉄筋を施工する段階で1階全体に温水パイプを張り巡らせて床暖房も標準装備している。
「オプションで床暖房装置を作るのではありませんから費用負担も少なく、しかも部屋だけでなくトイレや洗面所など1階部分すべてが対象となります。急な温度変化は高齢者の身体に負担をかけることになりますから、『GS世代』同居の住宅として大きな優位性をアピールできます」
菅野さんは、こう強調した。
見かけ上の価格競争ではなく、いかに商品の価値を高め、この品質でこの価格ならば割安感があります、と訴えてゆく。
一生の買い物だけに、安全性と快適性も重要な購買条件になることは言うまでもない。
今後日本の消費力は、「GS世代」が後期高齢者に向かうために一気に落ちてゆく。
そうした中でシルバー層にどう納得いく商品提案を行うかが、企業戦略の大きなカギになる。
またインバウンド向けには「日本人の暮らし」をどう商品提案するかという発想も忘れてはならない。
※GS世代/ゴールデンシックスティーズ=「黄金の60代」