【2019年6月号】事例で見る 成長企業への展望 Part8
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今日の消費動向を把握するには、年金支給日のスーパーを観察するのがいちばんだ。
隔月15日、スーパーにシニア層が押し寄せる。
店側もその日に合わせて販促を行っていることもあるが、開店早々レジには長蛇の列が続く。
いかにこの国の消費者が「主たる収入が年金」という人たちが多数派になりつつあることを実感する。
近年は一般消費財でヒット商品が出づらくなった。たまにSNSなどで評判になる商品が出ても極めて短命だ。
理由はいろいろあるだろうが、高齢消費者が増えて新規需要が発生しにくくなっていることが大きな要因だ。
メガヒットではなく中小企業ならではの時代のニーズに合わせた商品提案で確実に果実を得る営業戦略が求められる。
今回はそんな事例を紹介する。
感動営業こそ地方住宅メーカーの生きる道
愛知県豊田市で不動産・建設業 「ニッポー」を経営する近田知晃さんは42歳、
社長就任以来若い感性で次々に改革を進めている。
「地方都市の不動産、建設業は、ふつうは目立たない地味な存在です。
でもこれからは、地域を元気にする先兵となるべきだし、一生に一度の家を建てる感動を演出する必要があります」(近田さん)
ニッポーは、話題性のあるイベントを提供して集客をする。
最近人気なのが「VR(ヴァーチャル・リアリティ)で想像を超える土地体験!」というもので、家族連れなどで大いに賑わう。
「ゴーグルをつけると、CADで作成した3Dの家が更地の景色に現れ、リモコン操作で室内もヴァーチャル体験できます。
親子三世代がまるでテーマパークに遊びに行ったように喜んでくれます」(近田さん)
近田さんはこれまでも「起震装置による震度7体験」や「家庭で作れるお菓子教室」といったイベントを次々に企画、
それを地元のマスコミに取り上げてもらうようにリリース発表を繰り返してきた。
「最初は一人の新聞記者も知り合いはいませんでしたが、市役所の記者クラブを訪問してチラシを渡しては名刺交換、
その名刺を頼りにリリースを繰り返したところ、
イベントの度に地元紙やテレビ局が取材に来てくれるようになり知名度が上がりました」(近田さん)
ニッポーでは“感動営業”としてお客様との出会いから家の完成までの感動ムービーを製作し、
カギの引き渡し式や、一生で一番高い買い物をしたパパへの手紙など、家づくりを一生の思い出にする演出をイベント化している。
「人生の節目を演出することで、ほかのメーカーにはない付加価値を提案しています。
祖父母が何より喜んでくれる三世代の家づくりのトータルコーディネーターになるという手作り感こそ、
地方住宅メーカーの生きる道です」と近田さんは明るくこう結んだ。
地方のベンチャー企業が大手の特許技術で新商品開発
何が幸いするかわからない。毎朝始業前に社員で行う会社前の道路清掃が、新規ビジネスにつながった。
「当社の前を通勤する佐賀県地域産業支援センターの職員の方が、
お宅のような実直そうな会社に開発をお願いしたい、とお声がけをいただきました」
こう語るのは佐賀市にあるコンピューターソフトウエア開発の「アイティーインペル」、田中政史社長だ。
「病院や老人施設で徘徊するお年寄りを検知し、
ナースセンターに通報するシステムを開発できないかという依頼でした」(田中さん)
これまでの認知症アラームは、ベッドの上にセンサーマットを敷き、お年寄りの動きを感知するというものが一般的だが、寝返りを打っただけでも反応してしまうなど誤作動が多く、看護師、介護士の負担軽減にはつながらないという問題点があったという。
それに対してアイティーインペルでは、人感センサーを使いお年寄りの頭の部分を追従し、
さらに行動範囲をプログラミングしてベッドエリアから出る可能性を察知、ナースコールへ信号を送るシステムを開発した。
実はこの開発の裏には大企業の開発した特許を県を仲介にベンチャー企業が活用するという仕組みがあった。
「大企業が持つ特許を中小企業の開発支援に使う『知財ビジネスマッチング事業』として富士通と当社との間で特許ライセンス契約を締結しました。佐賀県が仲介する初めての事例です」(田中さん)
アイティーインペルは、富士通の「状態検知プログラムおよび状態検知方法」という特許を利用、
視覚的に行動を把握するシステムを作りあげた。
「大学病院での臨床試験を行い、この春から販売を開始しました。
このシステムで看護師や介護士の負担が大幅に軽減されることが期待されます」(田中さん)
『見守りあんしんくん+eye』と名付けた新商品は、今後はスマートフォンと連動させ在宅介護でも利用できるようにする予定だ。
地方の中小企業が偶然の出会いから大企業とつながり、高齢社会に挑む製品作りに挑戦している。
「一から製品開発するだけの投資は中小企業にはできません。
大企業の特許を利用させてもらい、大企業ではコストが見合わないニッチ市場の商品開発ができる可能性を感じます」(田中さん)
『見守りあんしんくん+eye』は発売前から引き合いが相次ぎ、生産に追われている。
田中さんはチャンス到来と意気込んでいる。
新しい「古物商ビジネス」を提案する
「古物商」という呼び名は見るからに古めかしい印象だ。
廃品回収業、あるいは古本屋業、質流れ品販売といったものはこのジャンルにくくられる。
全国に60店余りを展開する「ネオスタンダード」は、創業15年。
これまでは関東地方を中心に中古品を中心にブランド品や高級時計、宝石などを買い取るビジネスを行ってきた。
この企業をM&Aで買い取ったのが後藤光さんだ。
「これまでのビジネスモデルを更に進化させて、新しい時代に合った仕組みを構築しようと考えました」(後藤さん)
後藤さんが新しく考え出したビジネスは「遺産相続や、老人ホームなどへの転居の際の資産整理」である。
「高齢社会で注目が集まる生前整理・遺品整理の仕事です。
当社はこれまで買取専門店で培ってきた目利きを活かし、適正価格を算出して買い取りを行うことができます。
素人の方にとっては価値がないと思われるものでも、プロの鑑定眼で価格を割り出します。
一方で整理する品々にかかる廃棄費用を割り出し、買い取り商品の価格と相殺することになります」(後藤さん)
家財道具を整理して、廃棄費用が上回るか、あるいは買い取り費用が上回るか、プラスとマイナスを計算して提示する。
これまでのビジネスは買うだけ、あるいは廃棄物を有償で引き取るだけというものが多かったが、
両方の機能を提案するところにこの会社の強みと新しさがある。
このビジネスに注目したのが、リバースモーゲージを展開する金融機関や、資産運用を提案する証券会社だった。
リバースモーゲージとは、存命中に不動産を担保に金融機関から生活資金を借りて、
死亡後にその不動産を引き取ってもらうという資産設計だ。
死亡後、土地や家は金融機関の所有になるが、金融機関にしてみれば家財道具などを整理する必要があり、
ネオスタンダードのようなビジネスモデルが必要になってくる。
また遺産整理などをテーマにした富裕層向けの証券会社の講演会でも後藤さんはこのところ講師を務めることが増えた。
「各地で満員の盛況です。このテーマへの関心の高さが伺えます。
遺品整理業者の選び方など参考になった、人生に一回の事で備えあれば憂いなしだと思った、
といった感想をいただいています」(後藤さん)
高齢社会というトレンドをとらえてビジネスモデルを転換することで新しい成長のきっかけをつかむ。
閉塞市場というけれど、「すき間(ニッチ)」はたくさんある。「すき間」というのは掘ってみれば実は意外に広いものなのだ。
大企業ならともかく中小企業の今後はこの「すき間」を確実にものにしてゆく姿勢ではないだろうか。